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なものは何かを思い出させてくれる点で有益ですが、個人単位のウェルビーイングを考えるだけでなく、それを支える社会制度をどう設計するかが問われるべきです。その一方で、環境のことも考えなきゃいけない。両者をどう両立させていくかが課題になります。高野先生の「共進化」のお話につなげて言うと、イギリスのケイト・ラワースという経済学者が「社会環境のドーナツ」(図参照)を提案しています。ドーナツの内側の円が社会的土台。すべての人が最低限享受すべきウェルビーイングの基準、地球規模で達成すべき規範です。SDGsでもめざすべきものとして合意されています。一方、ドーナツの外側の円―生態学的天井とか惑星的限界と呼ばれます―は環境問題を表わしています。つまり、人間のウェルビーイングを、環境の天井を破らない範囲で満たさなきゃいけない。社会的土台と惑星的限界の間の薄いドーナツの範囲に人類の未来を収めていかないと、外に出たら気候崩壊が起こるし、中が崩れ    たら不平等や貧困が悪化し、人間社会が崩壊してしまうかもしれない。この図はそのバランスを問いかけているんですね。環境問題だけを解決すればすむ話ではなくて、我々の社会が達成してきた価値をいかに持続可能なものにするかも考えなければならない。これまで環境問題に取り組むときに、果たして人間社会の土台との関係づけを考えてきただろうかと思うんです。環境学研究科では、環境問題だけでなく、社会はどうあるべきかも含めて考えないといけない。そうでなければ、環境問題にも本格的には取り組めないのです。一方、イギリスの社会政策学の大家のイアン・ゴフ先生は、気候変動に直面する人類の困難の乗り越え方として「環境社会政策」を提案しています。その前提は、人々の最低限度の基本的権利を保障したうえで環境問題に取り組むということです。一つはグリーンニューディール。技術的なイノベーションにどんどん投資する。それに加えて、医療や教育だけでなく、住宅・介護・インターネットアクセスなどを普遍的ベーシックサービスとして提供する。誰もが必要とするサービスを無料もしくは低額で提供し、生活に必要な経費を下げていく。お金ではなくサービスを配る。そのほうが公平でありエコでもあるという考え方です。それからもう一つ、平等主義的な必要充足経済ということを言っています。エウダイモニアの思想ともつながるのですが、持続可能な幸福のためには並外れた贅沢は必要ない。良き人生のための土台と天井を設定して、天井を超えたら重税を課す、そういう議論です。これまで福祉社会学や社会政策学では最低限度の生活保障については議論してきたんですが、最高限度の天井について議論してこなかった。しかし惑星的限界を考えると、天井にも基準を設けることが必要になってくるんじゃないかと言うのです。これは私自身の考えですが、例えば電気代。一律に環境税をかけて、環境にいいことだから皆さん協力して下さいと言われても、生活が苦しくなるから賛成できない。そういう方法ではなくて、最低限必要な電力は無料にしておいて、必要以上の使用量には重い累社会環境のドーナツ――社会的土台と惑星的限界のあいだ出所 Raworth,Doughnut Economics,Random House,2017上村 泰裕 かみむら やすひろ専門は社会学。デジタル経済の到来を背景にインフォーマル雇用の研究を進めている。著書に『福祉のアジア―国際比較から政策構想へ』(名古屋大学出版会、2015年)。訳書にベラン&マホン『社会政策の考え方―現代世界の見取図』(有斐閣、2023年)。

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