進環境税をかけることにしてはどうか。そのようにして、人間のウェルビーイングと環境を両立させる環境社会政策を考えていくことが、一つの方向としてありうるわけです。やはり天井というものを考えていかないと、持続性を保てなくなるということですね。大事な視点だと思いました。それを社会としてどう賛同してもらえるか。多くの人が関わる企業も変わっていかないといけないですね。僕は、気候変動に対する考え方は大きく三つあると思っています。一つは懐疑派。気候変動は自然の変動であって人為的なものではない。起きているけど大したことないと言う。これは根強くあって、地球科学者の中にも懐疑派がいます。もう一つは正反対の環境テロ派。気候変動によって壊滅的な被害が発生するとして、環境問題への取り組みを促すために齋藤 高野過激な活動をする。有名な絵画に落書きしてアピールするとか。僕の立場は三番目の適応派です。気候変動対策は「緩和策」と「適応策」の二本柱でいくことになっています。もちろん緩和も大事ですけれども、「適応」できればいい、適応がチャンスになる場合もあるという捉え方をします。例えば沖縄で品質のいいコーヒーが本格的に生産できるようになったのは、温暖化によってコーヒー栽培の適地を意味する、いわゆるコーヒーベルトが北上して栽培が可能になったからです。沖縄ではそれで地域経済を活性化しようという話があります。長野県は全国屈指のリンゴとブドウの生産地ですが、リンゴは長野県より北の方、ブドウは南の方で生産されていて、長野県にはその両方がある。栽培適地の境目で非常に気候にセンシティブなんですね。僕がフィールドワークをした長野県高山村では実際、リンゴ園がどんどんなくなってブドウ園に変わっている。これは一種の適応に見えるんですが、話はそう単純じゃなくて、リンゴ園がなくなる背景には、高齢化と後継者不足があり、一方で、ブドウを育てたい、ワイナリーをやりたいと若い人たちが移住して来て担い手となっている。外から見れば気候変動の影響に見えますが、中では社会問題であり、社会的な変革なんです。環境問題か社会問題かという先ほどからの話でいうと、社会的な変革と気候変動が重なっていて、それは分けられない。適応策は社会問題の解決策として現れる。だから逆に言うとチャンスなんです。このまま放っておくと持続不可能な地域社会、地域経済の中で、気候変動という一つの外力によって中が自ら変わっていく。持続可能な社会をつくる意味では良いきっかけになるという感じがしているんです。もう一つ例を言うと、岐阜県の ぜここでトマト栽培しているのか、中津川市加子母地区は「桃太郎」というブランドトマトの産地だったんですが、夏の高温障害が出て商品にならなくなって、みんなで話し合って高温に強い品種に切り替えた。その時喧々諤々議論したそうです。議論は、自分たちがなそもそも論にまで至ったと言います。それは、自分たちがやってきた農業のあり方や地域を再確認する機会になったんじゃないかなと思いまして、そういうのが適応。非常に複雑な社会変革なんですね。気候変動は「外力」社会変革をどう促すかつくるには持続可能な社会を齋藤 輝幸 さいとう てるゆき専門は建築環境工学。主に温熱環境に対する人の心理・生理的反応を分析し、知的生産性の向上や健康への影響に配慮しつつ、換気・冷暖房設備の省エネ・省CO₂対策についても検討している。
元のページ ../index.html#6