皆さん、最古の地球環境問題は何だか知っていますか。そのひとつは砂漠化です。地球温暖化は産業革命以降の環境問題であるのに対し、砂漠化は人類史の時間スケールのなかで始まり、その活動の強化・拡大とともに進行してきました。世界の歴史をふりかえると、農業やそれが支えた古代文明が砂漠化(たとえば、土壌塩類化や水食)によって滅んだ例はいくつもあげることができます。ユーラシアの草原やツンドラは一部を除いては深刻な砂漠化の影響が及んでいない地域ですが、遊牧は数千年前にそこで発生し、今日まで続いてきました。モンゴル国では、世界で唯一基幹産業として生き残っています。ユーラシア内陸の乾燥地では、近年の急激な温暖化と乾燥化のなかで、ソ連崩壊により1990年代、多くの国々で計画経済から市場経済へと移行し、土地利用も多様な変化をとげました。モンゴル国では、市場経済のなかで家畜数が急増、草原の収容力を超え、危機的状況にあります。そこで、「なぜ遊牧が持続可能であったか、今後、草原生態系を存続できるのか、そして、遊牧民の暮らしを守れるのか」という疑問がわいてきます。われわれは、新しい遊牧社会用いて、さまざまな気候・社会シナリオの下、将来の家畜数が収容力内に収まるかを予測し、生態系と経済を両立できる2050年までのシナリオを遊牧ビジョンとして示したいと考えています。これはモンゴル人との共同研究であり、「ポスト社会主義体制における伝統文化の復興」という当地の動向を踏まえたものです。遊牧は、家畜とともに人間が移動し、草原を広く薄く利用する営みです。遊牧には、移動により土地への環境負荷を分散させることで、それを持続的に利用し、砂漠化(この場合は、風食)を回避する伝統知がみつけられます。昔から、「土地に鍬くわをいれるな」というチンギス・カンの戒めがあります。これを科学的に解釈すると、乾燥地のただでさえ薄い土壌(わずかに草のついた)を、掘り返して露出させると、すぐに乾燥して風食されてしまうということになります。その一部の小さい粒子(黄砂)は日本にも飛んできます。鍬を使う農耕とは、より集生態系モデルを約的に農業生産を行うことであり、これに対し、「草原を広く薄く使う」という粗放的な土地利用をチンギス・カンは推奨しているといえます。モンゴル草原の表層土壌であるA層はせいぜい数十センチであり、近年の過放牧により草原が裸地化し、風食によりその表面から肥沃な土壌が失われた場合、土地の生産性も失われることになります。数千年に及ぶ時間スケールで生成されてきた土壌の喪失、それは、われわれが回避すべき不可逆的な砂漠化にほかなりません。このような背景から、「モンゴル遊牧ビジョン2050」というテーマに取り組んでいるのです。地球・都市・社会3つの視点で「これから」を考えます。今回のテーマは 環境と人間のウェルビーイング未来予測環境学の - 篠田 雅人専門は気候学、干ばつ科学、乾燥地科学、IPCC第2〜4次報告書の作成に貢献。主な著作は『神々の大地 アフリカ』、『乾燥地の自然』、『砂漠と気候 増補2訂版』、「人類と砂漠化」(沙漠研究)、「干ばつと人類社会」(雑誌地理)。VOL.33モンゴル遊牧ビジョン2050地球環境科学専攻 地球環境変動論講座 篠田 雅人 教授
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